INTRODUCTION
文化財科学
文化財科学は人類共通の財産である文化財を科学的に調査・診断する学問で,EU諸国では応用物理、地学など科学技術系の研究分野として扱われています。対象が唯一無二の作品であることから,非破壊・非接触で内部構造を観察したり,材料を分析できる電磁波が広く用いられています。調査の目的は,主に「作品を知るため」と「修復前の状態検査」です。
作品を知るため:作品の意匠や歴史上での位置付けなど美術史研究
作品の意匠や歴史上での位置付けなど、美術史的な研究に必要な情報を提供します。例えば,デザイン性の高い作品を多く残している尾形光琳の技法が、時代によって変化した様子が、金箔の貼り方から推定できました。

参考文献: M. Leona, P. S. Londero, J. Perry, K. Fukunaga, G. H. Bailey, C. Hale, Designing Nature: Ogata Kōrin's Technical Choices in Irises at Yatsuhashi, Science and Art The Painted Surface, Royal Society of Chemistry, pp. 336-353, 2014.
DOI: https://doi.org/10.1039/9781839161957-00336 (2014)
NICT 報道発表:尾形光琳作「八橋図屏風」には全面金箔が貼られていた!
作品を後世に伝えるため:修復前の状態診断および保存修復処置
人間が手術前に時間と予算があれば様々な検査をするように,破壊・破損・劣化後の作品の構造・材料の状態(=症状)に加え、過去の修復履歴(=病歴)を知るために,調査診断を行い,その記録は次世代の修復のための貴重な記録となります。例えば,Galleria degli Uffizi所蔵のGiottoのテンペラ画の作品は,石膏下地が2層あることがわかりました。

Ref: A. Tartuferi ed. "Giotto Il restauro del Polittico di Badia", Mandragola, 2009. ISBN: 978-88-7461-174-4 (2014)
参考の報道発表:非破壊のテラヘルツ波技術で初期ルネッサンス絵画の技法を世界で初めて解明
情報学を活用し文化財科学から地球文化財学へ
医療分野で医師が一種類の検査値だけではなく,様々なデータに基づいて診断するように,文化財の場合も多種多様なセンシング技術で調査した結果を比較・統合することで,診断技術の向上や省力化を実現できると考えられます。また,データサイエンティストにより歴史への先入観なく作られた「文化財の時空間俯瞰図」は,人文系の研究者に便利な素材として使っていただけるかもしれません。
日本ではユーラシア大陸を様々なルートで渡ってきた古代の作品が出土されています。それらを時空間に配置し直して俯瞰することで「実在するモノ」に基づいた人類の歴史を辿ることができるはずです。

参考文献: 高野孟著「最新・世界地図の読み方」講談社現代新書(1999) ISBN:9784061494640